きつねの床

2012年09月

まずは一件、リンクを追加しました。
当ブログの初リンクになります。

フィリア星箱

知り合って2ヶ月と経ってないのですが、白面がお世話になったり、白面がお節介を焼いて迷惑かけたりしてます。
今は本腰入れては活動されてないそうですが、絵描きさんということで、自分の大好物です( ´ー`)y-~~


いつも思うんですよね。

「ああ、絵が描ける人っていいわぁ……」

と。

長年、美術(図工)の成績が5段階中2~3で安定。
高校以降は音楽しか選考しなかったので、以後まったくイラストその他に手をつけず、現在は絵を書いては子供らに

「絵が変~!(笑)」

される始末(´;ω;`)
自分には絵のセンスが致命的にありません。皆無と言ってよいのではなかろうか(´・ω:;.:...

それだけにね…絵が描ける人って、それだけでもう評価がダダ上がりです。
好感度10+です。尊敬度50+です。

……も少し、詳しく言うと……

自分はコミュニケーションに、多くの言葉を用いる人間です。
外見と内面のギャップは、結構昔から指摘され続けてきたし、それを埋め切れなかった分だけ余計にそう。
何をやるにも、言葉が必要になる。
音楽からも離れて長いので、近年は余計にその傾向が強くなりました。

それだけに、言葉以外の方法で誰かに何かを、特に愛情や情熱を伝えられる人には、リスペクトを惜しまないのです。

羨ましいし、憧れます。
あまりにも差があり過ぎて、嫉妬の対象にすらならないというw


勿論、人間的な魅力がない人は、この限りではありませんが( ´・ω・)

今回の場合は、自分が相互リンクをもらっている時点で、そこはお察しというものです( ´ー`)y-~~
是非皆様ご一覧をば。

今日ふとしたきっかけで気付いたのですが、自分が今の職について、2年ちょっと経ちました。
そんなわけで、今日は仕事や転職についてのあれこれを。

大学を出て、最初についたのは客商売でした。
ピザを焼いたりパスタを茹でたり接客したり、とそんな仕事をしていたのですが、こちら事故に遭っても労災が出ず、そのまま一ヶ月ちょい働いていたらガッツリ怪我した左手が逝ったという。当時の基準でも間違いなくBLACK企業ですね(苦笑)

なので一回仕事を辞めた後、半年ほど休んでから再び求職活動に。ここで白面、いくつかの再就職先候補で悩むことになります。

①プログラマ、SE
②営業
③教師

まず①のプログラマorSEですが、実はこれ、実際に正式採用一歩手前までいっていたのです。
半年間ほど職業訓練校に通いまして、まー超初歩レベルのことしかしないもので、到底役に立ちそうな気はしませんでしたが(^_^;)
大学で一応、当時の文系学生としてはExcelもWordもPowerpointもhtml(一部Javascript)必要以上に使い込んでいた自分なので、少なくとも最低限のプレゼン作成やHPデザインはできたわけで。。。
それがきっかけで、後はサインを残すのみまで話は進みます。

ですが、ここでふと思い留まる自分。
理由は

「これだけ非人間的な仕事に、自分は満足できるのか……?」

でした。

誤解なきように言っておくと、プログラマやSEを馬鹿にしているのではありません。
ただ、当時の自分が周辺知人から入ってくる情報を元に考える限りにおいて、どうしてもコンピュータ偏重というか、人間臭さに欠ける仕事だなーと感じたのですね。今考えてみると、偏見以外のなにものでもないのですが……当時は若かったのです、自分も。若さはつまり馬鹿さであります(;´・ω・)


次いで考えた営業職、これもその気になればいくらでもやれるあてはあるはずでした。
職種の特性を考えても、自分にできないわけがありません。入る業界さえ、希望企業の営業の体系さえ見誤らなければ、確実に戦える算段はつく仕事でした。

しかし、結局自分はこの道も断念します。
今度の理由は、もう少し政治的です。

当時は日本が、不況か一時、脱出しかけていた時代でした。
実際にはその中身は、派遣他、雇用形態の安定しない人々を大量に人身御供とし、その犠牲の元に成り立つ景気でしかなかったわけですが……

そのメカニズム下において、転職組でなおかつ、企業に売り込めるほどの肩書きを何も有していなかった自分が就ける仕事と言えば、まさに『人身御供』枠のみ。
再就職に向けて活動を進めていく上で、これは確実なものと感じました(´・ω:;.:...

と、いうわけで……この構造に気付いてしまった時点で話は終わりです。
せめて大卒時点で、もっと真面目に就活やって、その後が計算できる業界&企業に潜り込めていればと思うのですが、いやー……当時は更に、もっと圧倒的に考えなしの馬鹿だったもので(´Д`;)
そこまでできる器用さもなかったのであります(´Д⊂ヽ


こうして最後に残った③の道、教職なわけですが、こちらはどうしても免許の取得にまで時間がかかる。
そういう背景から、いくつかのバイト……SE業、主としてサーバー組立の手伝いや、日雇いの引越しや交通案内、ガードマン、イベント設営、挙げ句の果てには選挙運動の応援から雀荘めぐりの自営業まで、あれやこれやと
”足取りが軽い”
仕事をこなしていく白面。どう考えても人生の落伍者街道まっしぐらです( ;◇)ズェア

とは言っても、本人は全然悲観はしていなかったのですけどね(;´Д`)
勿論労働条件はよくありませんでしたが、少なくともいつでも辞められる気軽さはあったし……
何より、他に大きな目標があったので、永住はあり得ないと言えたからです。

④(主としてサッカー関連の)ライター

具体的に、フリーライターと名乗るものでもなければ、コラムニストでも勿論ありません。
ただ、自分が2008年ごろから急速にサッカーへとハマりこんでいき、そこに関連する仕事に就きたいと熱望するようになったのは確かです。

これは悩みました。

今まで消去法で仕事を決めてきた自分ですが、今回はまさしく純度100%、希望率MAXの仕事。
それが原因で命を縮めようが、人生を棒に振ろうが、
サッカーに関する意見を発することができる
という、それだけでも理想に殉じられる仕事のような気がしていたからです。

しかし流石に、この道は一朝一夕、希望すればハイその通りと就ける仕事ではありませんでした。

否、正確には肩書き上は、サッカー関連のフリージャーナリストを名乗ることは可能です。
ですが、実際にそれを種に飯を食っていけるのかというと、これがとてもとても……霞を食える人が野宿に節約を重ねて、果たして叶うのだろうかというレベルの話でして/ ,' 3  `ヽーっ
あえなく轟沈致しました_| ̄|○


他にもまあ、色々理由はあったわけですが……あれこれ紆余曲折を経て、今は教育関連の仕事に就いております。

一つ確実に言えることは、今の仕事が

自分の理想でなくても、苦しい時、怠惰に陥りそうな時、自分を奮い立たせる言い訳が可能な程度には相性のよい仕事

ということです。

なんとも後ろ向きな印象を受ける方も多いかと思いますが、これが実は結構大事でして……
白面、ネガティブ思考のオプティミストなもので、マイナス思考の前向きさで日々の激流を乗り切っております。

子供の人生の一部を預かる分、最低限の責任と、それに潰されない図太さを持ち併せよと、自らに言い聞かせて日々を過ごしているわけです(;´・ω・)


とりあえず明日は、9月最初の超山場です。
気合で乗り切ることにします。

タイトル通りなんですが、姉が手術を受けました。
詳しくは書けないのですが、全身麻酔で腫瘍を摘出するという、なかなかに大掛かりなものだったそうです。

姉は自分に比べ、成績優秀で気質も穏やか。ただし体が弱く、入院したことも一度や二度ではありません。
必然、両親は姉のために時間を割かねばならないことも多く、子供心にどうにも面白く無いものを感じたこともありました。

ただ、この歳になって関係は非常に良好です。
学問からサブカル、哲学に到るまで、姉弟の会話は多岐に及びます。おそらく世間一般の姉弟の標準からは、かなり乖離した内容ではなかろうか(;´Д`)

まぁ、変わり者姉弟だと思います。客観的に見て(;´・ω・`)


――話変わって。

自分は子供の頃は何かあるたび、ワンワンと泣く子でした。
哀しいこと、悔しいこと、怒ったこと。あらゆる場面でギャースカビービー。今の自分からは考えられないんですけど、実話です(苦笑)

なのに、昨今すっかり涙が乾いて乾いて(´Д`;)
信じられないほど、悲しい局面でも涙が出ません。
直近では、8年間飼ってた愛猫が天に召された時ですら、結局涙の一滴もこぼれなかった。

閑話休題。
そんな訳で仮に今回、姉の身に何か想定外のことが起こっていたとしても、おそらく泣かなかったんじゃなかろうかと。
おそらく大丈夫という事前の話と、それでも常に存在する「万一」への不安に、板挟みになりながらそんなことを考えていたものです。


……それでも、無事に手術が終わったという知らせを聞いて、大きく安堵している自分に気が付きました。


面会が可能になったら、久々に顔でも見に行ってみようか――

病室で寝たきり、というのは実に退屈なものです。視覚や聴覚に刺激を与えないことが前提の病み上がり、何もやることなしにぼーっとしてるのが常ですからね/ ,' 3  `ヽーっ
無聊を慰めるのも、一応血の繋がった己の役目かもしれない……
そんなことを思った今日この頃でしたね(^_^;)


Twitterでお付き合いいただいてる皆様は御存知の通り、確かに当方、仕事はそれなりに厳しい状況にあります。
ですが、姉のことを思うと、

「少々酷使してもなんとかついてきてくれる、この体に感謝する方が建設的なのかもしれない」

と、そんなことを感じることも多いのです。
そのように多少無理にでも自分を騙して(笑)、明日もせっせと労働に勤しむことにします。

今後に向けて記憶を記録化することにしました。
↓(簡単に言うと)

あれこれ考えたことを書き留めておかないと忘れてしまうねん…(ヽ'ω`)

個人的な雑記につき内容に一切の期待はされませぬよう。

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